コラム

TOPお知らせ一覧 > 医療の「ウェル・ビーイング」

2025.06.16

医療の「ウェル・ビーイング」

近年、医療現場だけでなく広く社会で耳にするようになった「ウェル・ビーイング(Well-being)」という言葉があります。
日本語に訳すと「幸福」や「良好な状態」といった意味ですが、単に病気がないだけの健康ではなく、心身ともに満たされ、生活の質が高い状態を指します。
特に医療の現場においては、患者だけでなく医療従事者のウェル・ビーイングも重要なテーマとして注目されています。
本日は、医療におけるウェル・ビーイングの概念と、その現状・課題、そしてこれからの取り組みについて考えてみたいと思います。

 医療の「ウェル・ビーイング」 ホワイト医療機関認定

そもそも「ウェル・ビーイング(Well-being)」って?

まず、医療にフォーカスする前に、社会全体における「ウェル・ビーイング(Well-being)」とは何かをまとめましょう。
厚生労働省によれば、「ウェル・ビーイング」とは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念と定義されています。
「Well=より良く」「being=あること」という言葉からもわかるように、「良い状態であること」をめざす考え方のことです。
経済の視点、働き方の視点など、様々な視点でこの考え方が浸透してきており、それは医療の面でも、注目されるようになってきました。

医療における「ウェル・ビーイング」

世界保健機関(WHO)は「健康」を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義しています。
ウェル・ビーイングはこの考え方と重なり、心身の健康だけでなく社会的つながりや自己実現の満足感も含みます。

医療においては、患者さんの治療成績や生存率だけでなく、患者さんがいかに充実した生活を送れるか、苦痛や不安が軽減されているか、精神的な支えはあるかといった視点が重要になってきました。
同時に、医療従事者自身も過酷な労働環境の中で燃え尽き症候群に陥るケースが多発しているため、職場の環境整備やメンタルヘルスの支援もウェル・ビーイングの一部と考えられるようになっています。

医療現場でのウェル・ビーイングの現状と課題

ここでは、患者さんと医療従事者それぞれの視点からのウェル・ビーイングの現状と課題についてまとめたいと思います。

①.患者さんのウェル・ビーイング

医療の進歩により、多くの病気は以前よりも治療が可能になりました。
しかし、治療が完了しても後遺症や慢性症状が残るケースも多く、患者のQOL(生活の質)の改善は未だ重要な課題として残っています。
例えば、がんを患っている方の緩和ケアや精神科領域での回復支援は、単に症状を抑えるだけでなく、患者の主体的な生活の質向上を目指すケアとして捉えることができます。

また、多様な文化や価値観を持つ患者に合わせたケアの提供、家族やコミュニティとのつながりを支える体制づくりも欠かせません。
言い換えれば、「治す」ことだけでなく「生きる」を支える医療が求められているのです。

②.医療従事者のウェル・ビーイング

日本の医療従事者は、長時間労働や過密な勤務、精神的プレッシャーなどによるストレスにさらされやすい状況が続いています。
医師や看護師の燃え尽き症候群については大きな課題となっており、離職や休職の原因にもなっています。

このような背景から、医療機関では「心理的安全性」の確保や働きやすい環境づくりが急務とされています。
柔軟な勤務体系の導入やメンタルヘルスケア体制の強化、チームコミュニケーションの改善など、ウェル・ビーイングを高めるための様々な取り組みが始まっています。

ウェル・ビーイング実現に向けた具体的な取組例

それでは、ウェル・ビーイングの実現に向けて、どのような取組が行われているのでしょうか?
多くの医療機関が、様々な取組を行い、より良い環境づくりをすすめていますが、ここでは、その例を挙げていきます。

【取組例】
患者さんへの支援の工夫

  • 患者中心のケアの推進
  • 緩和ケアやリハビリテーションの充実
  • 痛みや精神的苦痛を軽減し、日常生活の質を保つための専門的支援
  • 患者同士の支援グループやコミュニティ形成支援
  • 孤立感の解消や情報交換を促す取組

医療従事者の方への支援の工夫

  • 勤務時間管理の徹底と柔軟化
  • 過労を防ぐためのシフト調整や休暇取得推進
  • 心理的安全性の確保
  • 職場での自由な意見交換を促し、相談できる文化づくり
  • メンタルヘルス支援体制の強化
  • チームビルディングやリーダーシップ教育

これからの医療とウェル・ビーイング

医療を取り巻く環境は、少子高齢化や新たな感染症の出現、デジタル技術の発展など大きな変化の中にあります。
こうした中で、ウェル・ビーイングを推進することは患者満足度の向上だけでなく、医療従事者の定着や組織の持続可能性にも直結します。

また、SDGs(持続可能な開発目標)でもウェル・ビーイングの概念は重要視されており、「誰一人取り残さない」医療・福祉の実現に向けた世界的な潮流とも合致しています。

今後は、AIや遠隔医療の活用により患者さんへのケアの質を高めつつ、医療従事者の負担軽減も図るハイブリッドな医療体制の構築が期待されます。
加えて、多様な価値観を尊重し、一人一人に合わせた医療(パーソナライズド医療)や、地域コミュニティと連携した包括的ケアの推進がカギを握るでしょう。

まとめ

医療におけるウェル・ビーイングとは、単に病気の有無だけでなく、患者も医療従事者も心身ともに充実し、安心して生きられる状態を指します。
その実現には、患者さん中心のケアや働きやすい職場づくりといった多面的な取り組みが必要です。

制度や技術の進歩だけでは補えない「人としての尊厳」や「心の豊かさ」を医療の中心に据えることこそが、これからの医療の質と持続可能性を高める鍵になるでしょう。

日本医療労働環境改善協会(JMWEIA)
岡田 詩穂